室岡 弥生@

 あんな大きな地震を体感したのは、一体いつ以来だったのだろう。室岡弥生は、断続的に続いた余震のせいか乗り物酔いにも似た目眩を感じつつも、しとしとと降りしきる静かな小雨の中で立ち尽くしていた。
 ここは、昨日まで確かに黄泉川大学のキャンパスが存在していた。しかし、今は土の地面がどこまでも広がる完全な更地となっており、校舎はおろか、キャンパスを構成している敷地内の全ての物が綺麗さっぱり無くなっている。地盤沈下…ということになっているのだろう。更地には数十台のユンボが至る所に止まっており、ある筈もない地面の下のキャンパスを掘り起こすために待機していた。もっとも、それを操縦する筈の作業員は先ほどの大地震の騒ぎで全員退去してしまっているのだが。

「東北地方の被害が甚大のようです」

 後ろにいた男が弥生に声を掛ける。弥生のことを黄泉川大学の跡地まで車で運んでくれた男であった。

「しかし室岡さん、どうしてまたここに戻ってきたんです?」

「ここが震源地だからよ」

 男が困惑しているのが分かった。それもそうだろう。気象庁によれば、震源は宮城県沖だと発表されているからだ。しかし、組織の末端にいるこの男は何も分かっていない。私たちが所属している組織の人間は日本はおろか世界中のあらゆる場所に存在しており、情報操作など簡単に出来るほど強大な力を持っているということを。
 もっとも、関東の片田舎で起きた地震が、遠く離れた東北であれほどの大災害を引き起こすことは弥生の予想だにしていないことであったが。これまでの歴史を振り返ってみても、これほどの異常震域は記録されていないだろう。この場所が震源だと知られたら、学者連中がこぞってここの地層を調べだすことは容易に想像が付く。そうなると、地獄の門の存在が世間に知られてしまう可能性もあるし、これから弥生が探そうとしている物を先に発見されてしまう恐れもあった。
 その時、遠く離れた作業員の詰め所と思われるプレハブ小屋から図体の大きい男が出てきた。恐らく現場監督の男だろう。男はこちらを一別すると慌てて中に戻り、再び外に出ると一目散に弥生たちのいる方へと走り出す。片手に何かビニール袋のような物を持っていた。

「すみません、何度も連絡したんですが、地震のせいか携帯電話が繋がらなくて」

 弥生たちの元に到着した現場監督の男が息を切らしながら言うと、“それ”が入った透明のビニール袋を弥生の目の前に掲げた。

「揺れの直後、あの女が見つかった所と全く同じ場所にコイツが現れました。伝染病とかの危険性がありそうだったんで、とりあえず事務所にあったビニール袋に入れたんですが」

 弥生は現場監督の男に礼を告げると、嬉しさのあまり震えを抑えきれない手で“それ”の入った袋を受け取る。まさか、こんなにも早くお宝にありつけるとは思ってもいなかった。やはり、弥生の読みは当たっていたのだ。
 あの女−前山香苗の言った通り、地獄の門は決壊し、冥界は現世へと溢れ出た。だが、すぐにそれを修復した者がいる。そんなことが出来るのは、恐らく向こう側にいる彼女くらいなものだろう。
 そして、彼女は世界を救っただけでなく、現世の人間に置き土産まで残してくれていたのだ。

「榊和美さん、あなたからの贈り物、有効に活用させてもらうわね」

 今も地獄で戦い続けている彼女に対し、弥生は感謝の意を込めて呟いた。

 

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