5時限目 〜開扉〜 

 黄泉川大学に到着すると、校門の蛇腹式フェンスが開放されている状態であった。運転中の駒沢が無線機を取り「2号車現場到着。これより状況確認にあたる」とぶっきらぼうに言うと、オペレーターの女性が一言「了解」と返答する。確かに、自分とは態度が違う気がするなと柏木は納得した。

 

「さあて、お気楽な守衛の尻拭いでもするかあ」

 

「あそこの常駐って、ウチの子会社でしたよね」

 

「ああ、だから容赦なく説教出来る」

 

 駒沢が不適に微笑みながら車を敷地内に進入させると、すぐに守衛が走ってくる姿が確認出来たので、駒沢が運転席側の窓を開ける。

 

「本当に申し訳ございませんでした!」

 

 開口一番、守衛が頭を下げて謝った。

 

「教員に鍵を貸し出したんですが、扉の警戒解除の説明を怠っていた為、侵入警報が出てしまったようです」

 

「勤務怠慢にも程があるぜ、クソ爺さんよ」

 

 駒沢が舌打ちをしながら言うが、謝っている人に対して「クソ爺さん」はいくら何でも酷すぎるだろうと柏木は思う。

 

「それで、こんな時間にクソ教員は何の研究をしているんだ?」

 

「はぁ、それが生徒達を研究室に招き、何かの実験をしているようで」

 

 こんな時間に呼び出されるなんて、学生たちも気の毒であろう。柏木は思わず生徒らに同情した。駒沢は再び舌打ちをする。

 

「それで、そのクソ教員とクソ学生はどこにいるんだ?」

 

 どうやら頭にクソを付けるのが駒沢のマイブームらしい。あまり感心出来ないマイブームである。

 

「研究棟です。ああ、あそこの駐車場に赤いスポーツカーが見えると思いますが、あの近くの建物がそうです」

 

「高そうな車だな。教員ってのはそんなに給料が良いのかい?」

 

「いえ、あれは生徒さんのお連れの方のお車ですから」

 

 それはつまり完全な部外者ではないか。駒沢はいかにも守衛に聞こえるように大きな溜息を漏らすと、車を発進させた。

 

「研究棟に行くんですか?」

 

「こんな時間に学生が出歩くのは感心しないからな。バカ野郎どもに厳重注意だ」

 

 それは警備員ではなく警察官の仕事だろうと柏木は思う。いくら元SATだからとはいえ、これは明らかに自分たちの仕事では無く、完全な越権行為だ。

 車をスポーツカーの横に駐車し、駒沢が車を降りたので柏木もそれに続き、研究棟を見上げた。10階建てといったところか。

 

「お前はあそこでタバコ吸ってるクソ学生に説教、俺は研究棟に入る」

 

 研究棟から少し離れた中庭に小さなオレンジの光が浮かんでいるのが見えたが、あれが駒沢の言うクソ学生なのだろう。なるほど、SAT隊員というのは視力も良いのか。柏木は渋々了解すると、真っ暗闇の中庭に向かって歩を進めた。ようやく人間の輪郭が把握出来たところで、向こうもこちらの存在に気付いて近付いてきた。

 

「何かあったんですか?」

 

 くわえタバコのまま歩いてきたのは、同性である筈の柏木も思わず見とれてしまうほど整った顔立ちの青年であった。

 

「何かあったから来たんだけど。君はここの学生さん?」

 

「いえ、彼女を車で送ってきたんです。暇だったもので、キャンパスの探検でも、と」

 

 屈託の無い笑顔で青年は「唐橋です」と言った。あのスポーツカーは彼のものか。別に名前を聞いた覚えは無いのだが、ついつい柏木も「ロメロ警備の柏木」と名乗ってしまった。

 

「柏木さん、かなり眠そうだね」

 

「え?ああ、まあね、夜勤だし。寝不足なんだ」

 

 何を悠長に自分の健康状態を見知らぬ青年に報告しているのだろうと柏木は思う。不思議と、この青年には何でも包み隠さず話せてしまうような魔力があった。

 

「あの人たちも警備さんが連れてきたの?」

 

 あの人?柏木は後ろを振り返ると、パトカーが校門から入ってくるのが見えた。何故、警察がこんなところに。

 

「ちょっと状況を確認してくる。君も一服したら早く家に帰るんだよ」

 

 何とまあ、しまりの無い指導である。柏木はこの仕事が不向きであることを痛感し、自分たちが乗ってきた機動車の横に駐車したパトカーに向かって歩きだした。2人の警官が降りてきて、研究棟に入ろうとしていた駒沢を呼び止めし、何やら3人で話をしている。

 

「おお柏木、クソ学生の説教は終わったか?」

 

「学生の付き添いで、そのスポーツカーの持ち主でした。それより…」

 

 柏木は警官2名に目を向けると、2人は律儀にも敬礼をしてきたので、それにならって柏木も「お疲れ様です」と敬礼を返す。

 

「実はある女性からの情報提供で、先週から大学近辺を巡回していました」

 

 警官の1人が柏木に言った。情報提供とは何のことだろうか。

 

「何でも、3年前と同じ惨劇が、近々この大学でも起こるらしいぜ。情報提供者の妹とやらが山雛高校の犠牲者らしくてな。意地でも阻止したいらしい」

 

 駒沢が説明する。その女性は予知能力でも持っているのだろうか。何ともオカルト染みた話であるが、3年前の事件が既にオカルト染みているので、警察も眉唾とは思いながらもこうして律儀に巡回を続けていたのだろう。

 

「警備さんの車が入っていくのが見えたもので、何かあったのかと思ったのですが」

 

「残念ながら身内のミスの後始末だよ」

 

 駒沢は首をポキポキと鳴らしながら言った。

 

「何にせよ、こんな時間に学生が出歩くのは感心しませんから、我々はここで彼らを待ちます。警備さん、お疲れ様でした」

 

 もう少し早く来てくれれば、見知らぬ青年に自分の健康状態を明かさずに済んだのにと思いつつ、柏木は腕時計で時間を見ながら無線機を握った。もう間もなく日付が変わる時間だ。

 

「2号車からガードセンター」

 

 ザザッという雑音の後に「ガードセンターです、柏木さんどうぞ!」と女性オペレーターの声。

 

「発報原因は連絡通り、常駐隊員による操作ミスが確認出来ました。現場を巡回中の警官2名に引き継ぎ、通常勤務に戻ります」

 

 再びザザザッと雑音。妙に感度が悪い。

 

「柏木さん、本当にお疲れ様でした!」

 

 交信終了。

 

「ったく、駒沢さんに対しての労いの言葉は無しかよ。もう面倒くせえから柏木よ、あのクソアマ抱いてやれよ」

 

 駒沢が品の無いジョークを飛ばしたその時、地面の底から突き上げるような強い揺れを感じた。

 

「直下型の地震だな」

 

 駒沢は冷静に言うが、柏木は未だかつてこんなに大きな地震を体感したことがなかった。警官2名も思わずパトカーにしがみついている。

 

「早く建物から出るんだ!」

 

 聞き覚えの無い男の声に柏木が振り返ると、研究棟の入り口から若者数人が出てきた。彼らが深夜に呼び出された学生たちなのだろう。その中の女学生の1人が、まるで糸の切れた操り人形のようにガラス扉の前で崩れ落ちた。その女学生に走って近付こうとしていた警官の1人も何かに躓いたように前方に突っ伏し、動かなくなる。何だ、何がどうなっている。突き上げるような揺れは収まる気配が無い。今度は男子生徒が仰向けに倒れた。

 

「おい、何だよコレは!?」

 

 困惑した駒沢の言葉を最後に、柏木の意識もそこで途絶えた。

 

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