14時限目 〜有財〜 …人間の内臓って綺麗なピンク色なんだな。そんな暢気な考えとは裏腹に、五木は迫りくるゾンビの群れから逃走する為、ゼミメンバーの後を追って無我夢中に階段を上っていた。大切な友人が目の前で、本当に目の前でゾンビに引き裂かれたというのに、そんな感想しか浮かばない自分が情けなかった。 「出来過ぎてる…」 五木は誰にでも無く呟く。そう、偶然にしては出来過ぎているのだ。今、自分を追いかけている地獄の亡者ども“餓鬼”にしても、ゾンビとは全くの別物の存在であるのにも関わらず、ありとあらゆる特徴がゾンビと酷似している。中には、映画からそのまま抜け出してきたかのような奴までいる。タールマン、サング、フロイトシュタイン、デモンズ、etc、etc…。 「みんな、大丈夫か」 3階の踊り場まで行くと、ふいに警備員の柏木が現れた。恐らく、外階段を使ってA棟に入ったのだろうが、中庭での爆発から一体どうやって生き残ったのか。一緒にいた相棒の駒沢はどうしたのか。食堂に取り残されたという前山の彼氏とやらは救出出来たのか。次々と沸き上がる疑問を余所に、柏木は一言「付いて来るんだ」とゼミメンバーに言い放った。 「ダメです。すぐにヤツらが来ますよ」 五木同様に焦りを感じている榊の言葉を無視し、五木は非常階段から廊下に通じる入り口付近の壁をしきりに調べている。 「思った通り。みんな、廊下に出るんだ」 柏木の指示に従って全員が廊下に出る。柏木が調べていた壁を掌で押すと、壁が動きだして非常階段と廊下を分断した。壁と思われていたものは頑丈な鉄の扉だったのだ。 「防火扉だ。これでヤツらの侵入を防げる」 柏木が息を切らしながら言った。強度を確かめる為なのか、榊が扉に近付いて軽く手を触れようとするが、柏木が慌ててそれを制止した。 「こっち側から押すと簡単に開くように出来てるんだ。でも…」 程なくして7階に到着した数体の餓鬼が防火扉に音を立てながら衝突した。両手で扉をバンバンと叩いているようだが、引き戸である扉はビクともしていない。 「なるほど。反対側からはいくら押しても開かない。そして、ヤツらは取っ手を掴んで扉を引くほどの頭脳は無い。凄い、パーフェクトだよ!」 五木は思わず場違いな感嘆の声を上げてしまった。この扉は7階に籠城するのに最適な防御になることは明白であった。これまでのヤツらの行動を振り返る限り、ヤツらは相当に頭が悪い。“押して駄目なら引いてみろ”という生前の教訓は腐った脳味噌に刻まれていない。それに、この分厚い鉄扉ならば、例え何百体のゾンビが押し寄せようが焼け石に水だ。 「あの…」 前山が何か言いたげな表情で柏木を見る。実際の所、何を言おうとしているのかは、その場にいる全員が分かっていた。柏木もすぐにそれを察知したのか、深い溜息を吐いて静かに目を伏せる。沈黙の後、柏木はおもむろに口を開いた。 「D棟に向かう途中で車が横転して…駒沢さんが犠牲になった。俺はがむしゃらになってD棟へ辿り着いたが…唐橋君は、その…」 柏木は言葉を選ぶのに必死になっているように見えた。 「彼は何十体もの餓鬼を倒していた。多分、ここに居る誰よりも強かったと思う。ところが、彼の体が急激に変異を始めた」 「変異?」 五木が思わず聞き返す。唐橋もゾンビに噛まれ、ヤツと同じようになったということなのか。 「外にいるような餓鬼とは違う、青色の…何かになった」 「それって…」 榊が絶句しながら、廊下の先にある赤黒い肉塊を見る。つい先程、自分たちが持てる力を出し切って倒したオニの死体だ。淡々と語る柏木の話を聞き、前山の全身が小刻みに震えているのが分かった。そんな前山を見つめながら、柏木は静かに言葉を繋いだ。 「俺が殺した。すまない」 次の瞬間、前山が柏木に飛び掛かり、胸倉を掴んだ。 「た、助けようとは思わなかったの!?」 前山の涙交じりの怒声が廊下に反響する。柏木は再び、謝罪の言葉を口にするが、聞き入れる様子の無い前山が今度は拳を振り上げた。さすがに止めなければマズイと感じた五木が動くよりも早く、雛菊と榊の2人が柏木から前山を引きはがした。 「落ち着きましょう!仕方の無かったこと…なんですよね?」 榊が柏木に問い掛けると、柏木は着用している黒いベストに手を当てる。出発前の綺麗な状態とは違い、ベストは刃物のようなもので切り裂かれ、恐らく耐衝撃効果があると思われる白い素材が剥き出しになっていた。 「包丁で切り掛かってきたんだ。多分、撃たなかったらこっちがやられていた。どうにも、どうにもならなかったんだ」 「ウソよ…何で?どうして、唐橋さんが…」 突如、前山の膝がカクンと抜け、慌てて雛菊がその身体を支える。意識を失うのも無理は無かった。たった一日で、昔からの親友を失っただけでなく、恋人までもが帰らぬ人となってしまったのだ。精神が限界を向かえるのは必然とも言えた。では、自分は何故平気なのだろう。五木は自らに問う。ゼミメンバーの竜崎、磯部とは、それなりに仲良くやってきたつもりだ。だが、目の前で彼らが無情の死を遂げた時、何故か悔しさや悲しみといった感情が沸かず、「前に映画で観たことがある」という既視感の方が勝っていた。もしかしたら、自分には生まれつきそういった感情が抜け落ちているのかも知れない。
香苗が目覚めると、見覚えの無い白い天井が目に入った。体が酷くダルい。一体、どれくらいの間気を失っていたのだろうか。上半身を起こして周囲を見渡す。ここは、ここは何処だ。香苗の記憶する限りでは、こんな研究室は大学構内には無い。それに…カーテン越しに部屋を照らす光。地獄を照らし続けた赤い光とは違う、全てを浄化するかのような白く輝く光。あれは日光では無いのか。一体いつの間に現実世界へ戻ってきたのか。 「地獄に墜ちた…」 香苗は再度目を覚ます。ここは病室でも何でもなく、古池の研究室だった。担架に乗せられ、毛布を掛けられていた香苗が上半身を起こす。窓から漏れる赤い光。その光景に、香苗は不思議と安心感を覚える。ここは地獄であるが、つい先ほど目の当たりにした絶望的な世界に比べたら、遙かにマシな状況にも思えたからだ。 「魘されてたよ」 「…必然だった」 放心状態の香苗の口から放たれた言葉に柏木が呆気に取られる。 「必然?」 「そう、私たちが地獄に来たのは偶然じゃなく必然だったのよ。殺人、自殺、そして堕胎も罪。柏木さん、あなたも将来“罪を犯す筈の人間”だった」 柏木はあからさまに返答に困っているようなリアクションをし、「一体、何の話だ?」と質問をする。しかし、香苗はそれ以上そのことについては語らないことにした。 「…何でもない。それより、他のみんなは何処へ?」 「食料探し、だそうだ。俺は仕事上、丸一日飲まず食わずってのには慣れているけど、他のみんなはそうはいかないんだろうね」 柏木が説明を終えると、絶妙なタイミングで香苗のお腹から空腹を訴える音が漏れだした。香苗は慌てて咳込み、それを誤魔化す作戦に出たが、その情けない音色は既に柏木の耳に届いていたことは、彼の薄ら笑いを見て大凡の察しは付いていた。 「もっとも非常階段を閉鎖してしまった以上、探索出来るのはこのフロアに限られてしまうから、望みは薄いけどね。それよりも…」 柏木が言葉を詰まらせる。香苗には分かっていた。柏木は唐橋を殺害してしまったことで自責の念に駆られていること。そして、その原因は感情的になって非難の言葉を浴びせてしまった香苗自身にあるということも。 「良いんです。柏木さん」 香苗は俯きながら言う。 「私も柏木さんに酷いことを言ってしまって…その、すみませんでした」 素直に謝罪の言葉が出たのは、あのリアルな悪夢によるところが大きい。あの世界での唐橋は、本当に最低の男だったからだ。柏木は照れくさそうに微笑むと、「俺も食料を探してくるよ」と言い残して部屋を後にした。 「六道研究学…」 タイトルを読み上げると、香苗はページをめくり始めた。
A棟7階は16部屋の個人研究室と2部屋の会議室、合計18の部屋が存在している。榊は駒沢から預かったマスターキーで全ての扉を解錠し、咲と五木の2名と分担して各部屋を探索していた。未だに榊は肝心の食料を発見することが出来なかったが、各研究室の冷蔵庫から飲料水の類を確保することが出来たのは不幸中の幸いと言えた。 「…どう?そっちは」 気配なく近付いてきたゴスロリ服の少女、雛菊咲が尋ねる。大人しそうな人だったが、平気でオニの顔面に膝蹴りをかます武闘派だったことが榊の中で大きなインパクトであったことは記憶に新しい。 「飲み物はあったんですが、食べ物らしい食べ物は見つかりませんでした。雛菊さんの方はどうでした?」 雛菊は僅かに微笑み、白いレジ袋を榊の前に掲げる。 「非常食ならあった」 レジ袋を受け取った榊が中を見ると、乾パンやビスケットの缶詰が5つ程入っていた。十分過ぎるほどの収穫であった。これで、後は時間が来るまで粘るだけだ。 「まだ私たちを諦めてないようね、餓鬼」 雛菊は窓から中庭を見て呟く。キャンパスを覆い尽くす程の餓鬼が、相も変わらずそこには居た。 「決して満たされぬ飢餓感に突き動かされるだけの存在っていうのも、何だかチョット哀れですよね」 「人間も同じ」 榊は思わず雛菊の横顔を見る。 「多かれ少なかれ、人間だって欲望を満たす為に行動してる。食欲、睡眠欲、そして…」 唐突に言葉が途切れる。雛菊が窓の外を凝視していた。 「あれは何?」 話の続きが大いに気になったが、榊は雛菊が指差す中庭の方へと視線を移した。ノロノロと歩く餓鬼の間を縫って、赤い光が猛スピードで移動をしていた。目をこらすと、全身が紙のように真っ白の人間が、頭部から赤い光を放ちながら高速で移動をしていた。走るタイプの餓鬼…なのだろうか。白い個体は赤い軌跡を描きながら落ち着きなく走り回った後に、1体の餓鬼と向き合う形でピタリと止まった。突如、白い個体が地面に突っ伏し、まるで餓鬼に対して土下座をしているような姿勢となった。 「一体、何なの?」 「遠くて良く分かりませんが、新手の化け物でしょうか。あ!あそこにも」 白い個体は中庭内のいたるところで確認が出来た。そして、ヤツらは決まって一体の餓鬼の前で立ち止まり、土下座のような姿勢をとる。全く以って理解の出来ない行動であった。 「雛菊さん?!」 雛菊は白目を剥いたまま廊下にしゃがみ込み、荒い呼吸を繰り返していたが、しばらくすると壁に手を付いてヨロヨロと立ち上がった。眼球も正常に戻っている。 「私、今…ごめんなさい。自分でもよく分からないの」 突然のことに雛菊本人も混乱を隠せずにいた。 「き、きっと疲れてるんですよ。まだ先は長いんですし、ちょっと休みましょう」 そうだ。みんな疲れている。特に雛菊は、オニとの戦闘で7階から落下しているではないか。車に跳ね飛ばされた人間が、目立った外傷もないことから自らの足で家に帰宅したら翌朝に死亡していたという事例もある。雛菊が脳に深刻なダメージを負っている可能性は否定出来ないのだ。榊は未だ放心している雛菊の手を取り、古池の研究室へと向かった。
柏木が探索の為に会議室に入ると、そこは机も椅子もない、会議室と言うよりはただの空き部屋といった印象の殺風景な部屋だった。 「気が狂ったような赤色、鼻がひん曲がりそうな腐臭。でも、ずっとこの世界に居ると慣れてくるから不思議だよね」 いつの間にか入り口に立っていた五木が柏木に語りかける。 「人間の視界には常に自分の鼻が入っている筈なのに、脳がその不要な情報を削除している。多分、それと同じようなことなんじゃないか?」 柏木がちょっとした雑学で応じると、五木は目を丸くして急に笑いだした。そのリアクションに柏木は少しムッとする。 「いや、ごめんなさい。良い例えだったと思います。ところで柏木さん、ちょっと僕の話を聞いて貰えますか?」 「話って?」 「この世界の真実、かな」 五木が不適な笑みを浮かべると、扉を後ろ手で閉める。 「聞かれたら都合の悪い相手もいるんで」 五木は扉から離れ、歩を進めると部屋の中央でピタリと止まる。何とも芝居染みた、柏木の癇に触る行動だった。 「僕、この世界に来てから本当に興奮しっぱなし。だって、映画でしか見られなかったゾンビが目の前に居るんだもの。ゾンビ映画にそっくりのこの世界。本当に最高だ」 舞台劇のように両手を広げる五木。しかし、すぐにその手を下ろす。 「この世界がゾンビ映画にそっくり?本当にそうなのだろうか。途中から僕は気付き始めたんだ。この地獄の世界は、あまりに既存のゾンビ映画のルールに似すぎている。そう、不気味なくらいに」 五木は柏木の目を真っ正面から見据える。 「逆だったんだ。この世界がゾンビ映画に似ているのではなく、ゾンビ映画がこの世界を模倣していた。そう考えると、何となく辻褄が合うような気がする。スピルバーグは宇宙人とコンタクトをとっていた、なんて都市伝説があったけど、僕が思うにジョージ・A・ロメロもルチオ・フルチもビンセント・ドーンも…いや、彼は違うか。とにかくゾンビ映画を撮った監督の多くは、古池教授と同じように地獄の門の開放に遭遇して、この世界を観測したか、もしくは僕らのように地獄の世界へ迷い込んで、その体験を元にゾンビ映画を撮った」 「その人たちのことは良く知らないけど、些か突飛過ぎる説のようにも思えるな」 柏木は率直な感想を漏らした。 「事実は小説より奇なり、だよ。そういえばジュール・ベルヌが実際に地底旅行していたなんて映画もあったよね。ただ、僕の持論では誰もが簡単にこの世界へ行けるワケじゃなく、僕らには何か共通点…因果のようなものがあると思うんだ。ルチオ・フルチの死因はインシュリンの打ち忘れだったけど、それが実は自殺だったって説もあるしね。自殺だって立派な罪さ。そして、罪を犯した者は地獄へと落ちる」 先程の前山の話を思い出し、柏木の背筋に冷たいものが走る。因果。自分も将来、罪を犯すと前山は言っていた。 「まぁ、その話はまた別の機会に。ところで柏木さん。唐橋って男のことだけど、変異前の彼を見て正直にどう思った?」 言おうか言うまいか、暫しの葛藤の後、柏木は口を開く。 「俺の知る限りでは最低の男、かな。それに凶暴性も秘めていた。餓鬼を始末することに喜びを感じているように見えたよ」 五木は「それだ!」と両拳を握りガッツポーズをする。 「この世界にいるオニのことだけど、ヤツらも僕らのように地獄の世界に迷いこんでしまった現世の人間なんだ。オニになる条件、最初は餓鬼を倒した数に比例しているのかと思ったけど、柏木さんや榊さんにはその兆候が見られない。人間性を捨て去り、餓鬼を倒すことに喜びを感じる境地に達するのが条件だったんだ」 何だか話が見えてこない。寝不足で限界を感じ始めていた柏木は欠伸を噛み殺しながら、話の終わりをひたすら待った。 「分からない?仮に僕らが現世へ帰れなかった時、僕らの運命は2つに1つ。ヤツらに噛まれて増渕さんのように餓鬼となるか、精神が崩壊するまで餓鬼と戦い続けてオニになるか」 五木が不敵な笑みを浮かべる。現世へ帰れない。そんな可能性は想像もしたくないが、帰れる保証など無いのも事実なのだ。だが、化け物として生きながらえるなんて死んでも御免だ。 「俺だったら、古池教授のように飛び降り自殺を希望するね」 「そういえば第3の選択肢を忘れていたね。オススメは拳銃自殺だよ。脳の破壊が叶わなかったら、僕らは結局餓鬼となり、終わり無き拷問を受け続ける羽目になるからね」 そう言うと、五木は右手で拳銃の形を作り自らの頭に当てる。拳銃自殺のつもりなのだろうか。相変わらず芝居掛かった動作だったが、突如、五木は目玉が大きく見開き、小刻みに震え出す。 「う…うし、ろろ、は見ちゃ、だだめ、だ」 うしろ、だと?柏木は自分の背後を振り返りたい衝動に駆られたが、目の前で痙攣を繰り返す五木の眼球がぐるりと裏返り、涙腺から溢れ出る血液が頬を伝っていくのを見て慌てて駆け寄ろうとする。しかし、そんな柏木の顔面に容赦なく熱い液体が浴びせられた。突然、視界を奪われた柏木はパニックになりながらも制服の袖で目元を拭う。それは、五木の吐寫物だった。
「柏木さん、しっかりしてください!」 声と共に体を揺さぶられ、柏木は目を覚ます。目の前には榊、そして雛菊と前山の姿もあった。 「俺は一体…」 柏木は身を起こす。五木の死体のすぐ横で、あの白い化け物も床に横たわっていた。頭部には矢が突き刺さり、柏木が意識を失う直前に見た赤い光は完全に失われていた。 「これは恐らく少財餓鬼ね」 会議室の入り口付近に立っていた前山が言った。 「餓鬼にも色々と種類がいることが分かったの。恐らく犯した罪の大きさで決まるのだろうけど、私たちが今まで見てきたのは無財餓鬼と呼ばれる永遠の飢えに苦しむ最下層の餓鬼。でも、この白い餓鬼…少財餓鬼はある方法によって自分で食料を確保することが出来るのよ」 「ある方法って…」 「あの目から出る赤い光です」 今度は榊が解説した。榊の話によると、あの白い餓鬼と目が合ってしまったが最後、五木のように内臓が排出されて死に至るということらしい。柏木が助かったのは、あの直後に榊が部屋に飛び込んできて化け物を始末したからだったのだ。 「問題なのは、少財餓鬼は複数いる。そして、奴らには壁を這う能力もあるということです」 柏木の片手に握りしめていた拳銃に思わず力が入る。休んでいる暇など無い、ということか。 「こうなったら、このフロアの全ての窓にバリケードをするしか無いな。何か、材料になりそうなものを手分けして集めよう」 柏木の言葉に全員が頷き、榊、前山の2人はすぐさま部屋から退室した。リーダーなんてものは柏木の柄では無かったが、駒沢が居なくなった以上、ここは最年長、そして唯一の男である自分がしっかりするしかないのだ。 「…まだ終わってない」 会議室内に残っていた雛菊が呟くと、それに呼応するかのように中身が空っぽの五木がゆっくりと立ち上がった。そう、頭部を破壊しない限り、死者は全て餓鬼となる。五木は自分の吐き出した内容物に足を滑らせながらも、ゆっくりと近付いてきた。柏木は拳銃の撃鉄を起こすが、銃口を向けるよりも早く雛菊が五木の後ろに回り込んでいた。雛菊は五木の首に腕を回し、もう一方の腕は彼の暴れる頭をしっかりとホールドしていた。 「さよなら、五木君」 雛菊は別れの言葉と共に五木の頭を目にも止まらぬ早さで捻る。頚椎が折れ、首があらぬ方向に向いた五木に2度目の死が訪れた。まるで訓練された殺し屋のような雛菊の手慣れた動きに、柏木はただただ唖然とする他なかった。そして、柏木は見てしまった。崩れ落ちる五木の向こうで、不適な笑みを浮かべる雛菊の表情。まるで、餓鬼を葬ることに喜びを感じているかのような彼女の表情を。
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