HR 〜野獣と怪物〜

 

 短機関銃の照準を血塗れの少女に定めたまま、男は心臓の高鳴りを感じていた。少女の周囲には男の部下らが、学校の屋上の冷たいアスファルトに体を横たわらせている。もう、誰も生き残ってはいないだろう。

 全てはあっという間の出来事であった。男の命令を無視した気弱な隊員が少女に発砲し、右肩に弾丸を食らった少女は仰向けに倒れ込んだ。気弱な隊員は大いに動揺し、またしても男の制止を無視して少女の元に駆けつけ手を差し伸べたが、差し伸べた筈の手は地面に落ちた。少女は仰向けの姿勢から片手で日本刀をヒュンッと振るい、気弱な隊員の、右手首を切断したのだ。隊員は情けない悲鳴を上げて腰を抜かす。腕の断面から噴出す血液が、雲ひとつない青空に向かって吸い込まれていくように見えた。

 立ち上がった少女に対し、男以外の全隊員が突進を仕掛けた。そんな命令を下した覚えは無いのだが、男にはそれを止める理由もなかった。だが次の瞬間、少女に群がった隊員らは、次々と血飛沫を撒き散らして倒れていった。防刃ベストを着込んだ屈強な男たちが、16歳の女子高生によって殺害されていく。常識では考えられない出来事であった。

 

「ったく、少しは人の言うことを聞けってんだ。一応、隊長なんだぜ、俺」

 

 男はボヤきながらも、照準で少女を捉えたまま、彼女を中心に円を描くように移動する。少女も両手で刀を構えたまま、男を追うようにジリジリと体の向きを変えていった。

 

「嬢ちゃん、名前は?」

 

 おっと、女性に対して失礼だったかな。先に自分から名乗るのがマナーというものか。男は思うと、その場で足を止め、銃を下ろす。そして、チタン合金製のバイザー付きヘルメットを脱ぎ捨てて後方にヒョイっと投げた。

 

「駒沢だ。仲良くしようぜ、嬢ちゃん」

 

 駒沢が名乗ったのも束の間、少女が刀を振り被り、勢いよく斬りかかって来た。駒沢は慌てて短機関銃のストックと銃身部分を掴み、それを受け止めた。そして、がら空きになっている少女の腹部に対して渾身の蹴りを放った。あばら骨が折れる感触がブーツを通して伝わってきた。少女は後方に吹き飛ぶが、すぐに受身を取って立ち上がる。だが、発砲音と共に少女はガクリと右膝を付いた。駒沢の放った短機関銃の弾丸が少女の右膝を撃ち抜いていたのだ。

 

「悪ぃな、嬢ちゃん。そろそろ終わりにさせてもらうぜ」

 

 尚も立ち上がろうとする少女に歩み寄り、駒沢は腰のホルスターから拳銃を抜く。

 

「女子高生を射殺するのは気が引けるがな。可愛い部下が全員殺されたんだ。ケジメは付けてもらわんとな」

 

 銃口を少女の頭部に押し付け、引き金を引いた。乾いた銃声が響く。だが、駒沢が撃ったのはアスファルトの地面だった。少女の姿は何処にも居ない。冷静になって周囲を見渡すが、あるのは部下の死体だけであった。

 

「…マジもんの怪物ってワケかい」

 

 駒沢は怒りを露にして呟くと、脱ぎ捨てたヘルメットを力いっぱい蹴っ飛す。そして、雄叫びを上げながら、拳銃の引き金を青い空に向かって引き続けた。

 

「とっとと戻ってきやがれ!怪物野郎ッ!」

 

 

 “山雛高等学校生徒虐殺事件”は、こうして決着を向かえた。容疑者と思われる少女:榊和美は依然として行方不明。

 状況から見て、榊和美は500人弱の人間を殺害したことになるが、それが事実なら歴史上類を見ない前代未聞の大虐殺事件であった。

 警察は当事件を校舎の下から湧き出た毒ガスによる中毒死事故と発表し、事件は完全に闇に葬られた。

 

 この事件は今も尚、熱心なオカルトファンらの間で語り草となっている。

 

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