HR 〜或る少女と空〜

 
 目覚めると、榊は3階の廊下にうつ伏せになって倒れていた。目の前には、鞘に収められた日本刀が転がっている。吉永がずっと愛用していた刀だ。榊は立ち上がり、辺りを見回す。廊下の至るところで、生徒達が血を流して倒れていた。地下室から大量の血液で押し出された500人分の死体が、校内に散乱しているのだろうか。そんなことを考えながら階段へと向かうと、下の方から複数の足音、そして声が聞こえた。

「げ、また生徒の死体だ…89人目。これ全部、1人でやったというのか?あの少女が」

「に、人間業とは思えない…怪物だ!」

「私語を慎め。奴が立て篭もって7日目、ようやく我々SATに突入命令が下ったんだ。速やかに犯人を取り押さえ、人質を解放する」
 
 …な、何を言ってるの?ハンニン???
混乱する榊をよそに、10数名のSAT隊員が階段を上がってきた。

「ここにも死体が…今度は教師だ。目に…アイスピックのようなものが」

「突入班より指揮班へ、犯人の少女は教師も殺害している。今のところ、生存者はゼロ。繰り返す、生存者はゼロ」

 SAT隊員はすぐ下まで来ていた。榊は慌てて目の前にある吉永の日本刀を手に持ち、鞘から刀を抜く。その時、榊はゾンビに噛まれた傷も、殺人鬼の振るった草刈り機の傷も、すっかり消え失せていることに気付いた。変わらないのは、真紅に染まったブラウス。全身に浴びた生徒達の返り血だけだ。

「上で物音が…」

 隊員の1人が3階に到着するよりも早く、榊は日本刀を片手に走り出していた。ワケが分からなかったが、今の榊に出来ることは走ることだけであった。階段を駆け上り、屋上への鉄扉をバンっと開ける。その瞬間、照り付けるような太陽の光が視界に飛び込んできた。あまりの眩しさに、榊はしばらく目を開けることができなかった。最後に太陽の光を見たのは、もはや何年も前のことのように感じられる。そして、どこまでも広大で雲ひとつ無い、澄み切った青空。本当に久しぶりだった。この6日間、当たり前のように学校を包み込んでいた濃霧はすっかり消え失せていた。

「空がこんなに綺麗だったなんて…」

 榊は柵から身を乗り出し、大空を眺めた。心が洗われるというのは、こういった時に使う言葉なんだろうな、と考えながら。一方、下の世界を見下ろすと、多数の報道陣や野次馬が一斉に自分のことを指差し、何かを叫んでいた。

「そこから動くな!この怪物野郎!」
 
 屋上へと乗り込んできたSAT隊員の1人が声を上げると、複数の短機関銃が榊へと向けられた。榊は振り返り、日本刀を右手で強く握り締める。
 …目に見えるもの、全てが真実じゃない。そうでしょ?あの6日間で体験したことは、嘘なんかじゃない。実は狂人だった私が学校に立て篭もって、生徒や教師を皆殺しにしていたなんて陳腐な結末、誰が認めるもんですか。
 まぁ、とりあえず話の分かる相手でもなさそうだし、まずは目の前の標的を倒して学校から抜け出すことが先決ね。
 榊はふぅっと溜息を吐くと、日本刀を右手にSATの集団に向かって全速力で駆け出していた。日本の警察が簡単に発砲出来ないことは分かっていた。相手が16歳の少女ともなれば尚更である。榊は刀を振り被り、4メートルほど先にいる気の弱そうな隊員にターゲットを定めた。

「撃ちッ 撃ち、撃ちます!」

 気の弱そうな隊員が焦りのあまり、銃口を榊に向けた。すぐに隊長らしき男の「ば、撃つな!」という声が響く。しかし、その隊員の耳には届いていなかった。
 
 その日、地上から学校の屋上を見上げる多数の報道陣や野次馬は目撃した。雲ひとつ無い青空に向かって、鮮血が勢いよく舞っていくのを。

 

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