6時限目 〜調達〜

 金田、吉永、保田、そして本山の“食料調達組”は寮に向かって一直線に走っていた。
 保田は陽動作戦の成功を確信していた。ここにくるまで誰もゾンビの姿を目撃していない。寮まであと数10メートル。出来れば中は無人であることを祈りたい。

「あ、あのっ」

 最後尾を走っていた本山が前方を走っている吉永に声を掛ける。

「あの、何か変な音聞こえませんか?金属を引きずるような…」

 本山の言葉に耳を貸さず、吉永は柄だけのデッキブラシ…すなわち木の棒を片手に持って走り続ける。正直、吉永はこの後輩が苦手だった。臆病で心配性、空気が読めない、金魚のフン、嫌いな要素を挙げれば1冊の本が出来てしまうくらいだ。「俺、吉永先輩みたいになりたいです」その言葉を聞くたびに吐き気がした。よく相楽が、面白がってそのフレーズの物真似をしていたが、当然笑えなかった。それに、全然似ていない。
 「気のせいだろ」本山にそう告げるため吉永は首を左後方に回すと、信じられない光景が飛び込んできた。後方を走る本山、更にその後方…10メートル程の距離を保ち、野球のユニフォームを着た集団がバットを片手に猛スピードで迫っていたのだ。遠くからでも、彼らが健全な体育会系部員で無いことは明白であった。ユニフォームは血まみれになっており、顔面は土気色だ。…見なければ良かった。吉永は心底自分を呪った。

「アンタの後輩か?」

 吉永は前方を走る金田の背中を木の棒で叩いた。金田は振り返り、そして絶句した。保田と本山もほぼ同時に振り返り、全速力で追いかけてくる野球部員を視認する。

「アイツら、確か今日はグラウンドで素振り練習をしていたんだ」

 金田の説明に吉永は納得する。外にずっと居た彼らは、真っ先に校門から現れた奴らの餌食になってしまったのだろう。

「やはり、こんな日に部活動なんてやらせるもんじゃないな。このままじゃ、逃げ切ったとしても寮に連中が雪崩れ込むぞ」

 吉永の言葉に保田は頭をフル回転させる。が、出てきた結論は1つだけであった。誰かが奴らを引き付ける、すなわち囮。誰かが1人…

「囮なら俺が行くぜ」

 金田がバットを両手で握り締め、その場に立ち止まった。つられて全員の足が止まる。

「アイツらは全員俺の後輩だからな」

「感動的な台詞だが手が震えてる。保田、ここは俺に任せるんだ」

 吉永の異様なまでの気迫に押され、金田と保田は頷く他なかった。

「せ、せせせ先輩が行くなら…」

「バカ」

 勇気を振り絞って出した本山の言葉を一蹴し、吉永は木の棒を片手に、野球部員の集団に向かって走り出した。囮というよりも全面対決だ。保田はそれ以上、吉永の姿は追わないことにした。結果は目に見えている。数分もしないうちに、吉永は野球部員の千本ノックの餌食になっていることだろう。

「おい、死ぬつもりかよ!」

 叫ぶ金田を尻目に、保田は寮に向かって走り出す。

「犠牲を無駄にするな。今のうちに寮に行くぞ」


 一方、吉永はこんなところで死ぬつもりは毛頭無かった。相手の人数は7人だが、不思議なことに負ける気が全然しない。と言うのも、吉永にはそれなりの自信があるのだ。中学時代、地元の有名な不良グループに絡まれたことが何度もあったが、その度に連中全員を病院送りにしていた。超人的とも言える反射神経を持ち合わせている彼にとって、相手の行動は大体予測できてしまうのだ。
 そんなわけで今、目の前で金属バットを振り下ろそうとしている野球部員の動きも、吉永にとってはスローモーションである。手始めに吉永は木の棒を鋭い動作で振るい、相手のバットを握っている右腕をへし折った。金属バットがガランと地面に落ちる音を聞くよりも早く、両手で前方に突き出した木の棒は野球部員の咽喉を見事に貫通していた。

「突きあり、か」

 
  無事に寮へ侵入を果たした保田、金田、本山の3人は、キッチンの戸棚に無理やり押し込まれていた大量の食材の数々をドラムバックに詰め込んでいた。寮内は不気味な程静まり返っている。

「吉永先輩、大丈夫ですよね?」

 本山が落ち着かない様子で保田と金田に話しかける。だが、2人とも言葉が見つからないのか、ひたすら沈黙を続けている。どうして誰も「大丈夫」と言ってくれないのだろう?本山の不安感は増す一方であった。やはり、自分も行くべきだったのか。

「助けに…行ってきます」

 本山は立ち上がり、キッチンに並んでいた大きめの包丁を手に取る。
 助けに行かなきゃ、助けに行かなきゃ、助けに行かなきゃ…今の本山には、それ以外の事を思考することは出来なかった。

「おいバカ、少し落ち着けよ」

 金田が手に持っていた鯖の缶詰をバックに放り投げ、呆れたように言った。本人に悪気は無いんだけど、周りにとって迷惑な奴って何処の組織にもいるんだよな、と思いながら。

「お前が行ったところで死体が増えるだけさ。その、ナントカ先輩…吉永って言ったっけ?アイツはお前に生き延びて欲しくて、あんな無茶なことをやらかしたんだ。だったら、お前もその命を無駄に散らそうとか考えるな。言ってる事、分かるよな?」

 本山は小さく頷くと、包丁を元の場所に戻してその場に膝を抱えて座り込んだ。本山は決して金田の言葉に納得したわけでは無かったが、今の自分が力不足であることは認めざるを得ない事実であった。
 
「これで全部か?」

 パンパンに膨らんだバックを両肩にぶら下げた保田がキッチンを見回す。金田も戸棚を調べ、残された食料が無いか確認する。どうやら、ここにある食料、食材は全て確保したようだ。後は校舎に戻るだけなのだが…

「全てを運に託すしか無い」

 保田は外にゾンビが分散していることを祈りながら出口へと向かった。



 吉永は予想以上に苦戦を強いられていた。敵の数は既に4人まで減らしたものの、不運なことに得物を折ってしまっていたのだ。3人目の丸い眼鏡を掛けた部員の咽喉を貫いた際に引き抜くタイミングを誤った為、倒れる相手の全体重が掛かってしまい、そこからは後の祭りである。すかさず、後ろに回り込んだ相手が振り下ろした金属バットを脳天に食らってしまい、危うく吉永はその場に倒れこむところであった。敵の落としたバットを拾おうにも、その隙にタコ殴りにされるのは目に見えていた。
 そこで、吉永がとった行動は、今朝まで相楽や本山といた道場に向かって一直線に走ることであった。あそこにさえ辿り着けば、形勢を逆転できる。先ほどの一撃が効いているのか、思うように真っ直ぐ走れない。おまけに、頭部から流れ出る血液は視界を遮ろうとしている。後を追ってきている4人の野球部員の金属バットを引きずる音が耳に付く。ガラガラガラガラ… そうか、本山はこの音に気付いて…畜生。
 何とか道場入り口に辿り着いた吉永は、勢いよく扉を開けて中に転がり込むと、すぐに扉を閉めて内側から施錠をした。1秒としないうちに、バットで扉を叩く音がガンガンと鳴り響く。本来なら靴を脱がなければいけない玄関を無視して土足で上がり込むと、弓道場の横に並ぶ剣道場にふらつく足で進入した。

「ここなら、武器は腐るほどある…」

 まず、吉永は部室に入り、自分が普段愛用している竹刀を手に取った。扱いに慣れてはいるが、殺傷能力は十分ではない。竹刀を元にあった場所に戻し、今度は重量が1キロ以上ある素振り用の木刀を手に取った。朝練の際、これを鏡の前でブンブンと音を立てながら素振りをするのが自分の日課であった。これなら奴らを殺せる。好きなだけ。
 更に、部室を出た吉永は、部員が入ることを禁じられている師範室、すなわち黒崎が使用している部屋に入り、お目当ての物を見つけると思わず笑みがこぼれた。1ヶ月前にここに潜入した相楽の情報は正しかった。
 まさか、真剣の日本刀を持ち込んでいたとは。

 

 

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