4時限目 〜篭城〜

 校内に残っていた生徒の全員が、1階昇降口前の廊下に集合していた。積み重ねられた机や椅子のバリケードの向こうでは、既に何百と膨れ上がったゾンビが玄関の窓ガラスに爪を立て、不快な音を響かせていた。

「一体、何が起こっているの…?」

 重い沈黙を破ったのは生徒会長の与那嶺だった。彼女の後ろには不安そうに窓ガラスを眺める後藤と、室岡の姿があった。 彼女達は雑談を終え、教室から出ようとしたところを保田に捕まったようだ。

「最後に先生達の姿を見た者は?」

 保田が極めて冷静な表情で全員に尋ねると、金田が腕を組みながら「俺だ」と呟く。

「教頭が外の連中みたいになっちまった瞬間、高城の腰抜けが即座に逃げ出したのは覚えてるぜ」

「保健の芳野先生はトイレに駆け込んだきり、そのまま出てこなかった。中を確認したけど、まるで蒸発しちまったみたいに影も形も無かった」

 佐藤が補足を加えた。

「それはいいが、どうして教頭が脳味噌ぶち撒けて死んでるんだ?」

 吉永が職員玄関側の廊下に目を向けながら言った。かなりの距離があったが、頭を真っ赤に染めて倒れている若宮教頭の姿がハッキリと分かった。

「いや、あれは…何だ、その…俺が消火器でさ…」

 金田が頭を掻きながら説明する。

「感染…ゾンビに噛まれた者もゾンビになる。基本中の基本だよ。よくある話じゃん」

 相楽が何故か嬉しそうに言った。 「よくあるもんか」と吉永が呆れて溜息を吐く。

「堤先生を最後に見たのは私です」

 先程、外から逃げ込んできた弓道部員の榊が手を挙げた。

「職員室で私に待機するように命じたまま、何処かへ行ってしまいました」

「校内放送で呼び出してみろよ」

「多分、無駄だろ」

 佐藤の出した意見を保田が却下する。

「トイレに入ったまま消えるなんて普通じゃ考えられない。何か、異常な事態がこの学校で起き始めているんだ」

 再び沈黙が続く。

「クソ、いつまで続けるんだよ」

 苛立ちを隠せない様子で、不良グループの北原が喚いた。

「俺達は帰るぜ、くっだらねぇ」

 その隣に座っていた成島も大声を挙げながら立ち上がる。

「黙ってろ」

 彼らを制止させたのは、意外にも不良グループリーダーの大林だった。彼の表情は極めて深刻である。

「で、これからどうするんだ?」

 大林が保田を睨みつけながら訪ねた。

「ひたすら待つしかないだろうな…危険が去るか、救助が来るまで。ここで共同生活だ。異論は無いな?」

「ちょっと待て」

 金田が腑に落ちない様子で保田を指差す。

「ここが安全だっていう保障は何処にも無いぜ。先生が消えちまったんだ、校内だって危ないに決まってる」

「でもさ、…外よりゃマシだよな」

 佐藤の一言に、全員が納得せざるを得なかった。



 あれから数時間が経過した頃、全員の共同作業により1階の窓ガラス全てにバリケードが施され、脳髄を滴らせて息絶えていた若宮の亡骸を教室のカーテンでグルグル巻きにし、相楽と吉永が2階の備品倉庫へと運んだ。そしてその後、手分けをして校内に存在する全ての食料の確保に向かっていた。
 普段いる筈の教師が1人もいない、違和感を感じさせる職員室を探索していたのは、与那嶺、後藤、室岡の3人だった。洗いざらい探索した結果、得られたものは冷蔵庫に保存してあった冷凍食品数袋とコンビニ弁当が数個、そして何本かの缶ジュースだけであった。

「たったこれだけとはね…」

 予想以上に食料が少なかったことに与那嶺の気持ちは沈んだ。

「これ、使えるんじゃない?」

室岡が室内の隅に置かれた机の上を指差した。そこには充電中のトランシーバーが5台ほど並べられている。後藤がその中の1台を手に取り、口元に当てる。

「あーあー…何コレ、全然聞こえないじゃない」

「電源入ってないよ」

 与那嶺が冷静にツッコミを入れると、全部のトランシーバーの電源を入れ、チャンネルを「1番」に合わせる。後藤も同じように持っていたトランシーバーを操作し、先程と同じように口元に当てた。

「あー」

後藤の間の抜けた声が職員室に響き渡った。


 同じ頃、生物室へと向かった金田と佐藤は思わぬものを発見し、唖然としていた。生物室の丁度裏側に位置する生物準備室。ここでは植物などの実験材料を保存するための小型の冷蔵庫が存在していた。しかしある筈の実験材料は無く、そこには大量の缶ビールがずらりと並んでいた。こんなことをする人間は1人しかいない。

「堤先生か…」

 金田が呆れたように呟いた。

「高城のおっさんといい、この学校にはマトモな教師は居ないのか?」

 

 一同は再び正面玄関前の広場へと集まっていた。各々、手に入れた食料を持って。しかし、集められたのはここで暮らすのには1週間程度しか持たないであろう、僅かな分しか無かった。

「あれ、あの連中はどうした?」

 不良グループが1人もいないことに佐藤が気が付く。

 「飽きちゃったみたいで、2階の廊下で煙草吸ってましたよ」

 本山が答えた。佐藤は呆れ果て、「ああ、そう」と苦笑いをする。
 しかし、保田は別に気にかけた様子も無く、深刻な顔でただひたすら目の前に集められた僅かな食料を眺めていた。
 誰もが絶望する中、吉田…先ほど2年の教室で吉永と保田が発見した男子生徒が、あることを思い出し口を開く。

「そういえば…イヤ、俺、陸上部なんスけど、春休みに合宿を予定していて、寮の方に行けば食材とか、結構早いうちに用意してある筈ですよ」

 全員の視線が吉田に向けられる。

「合宿は何日予定されていた?」

 保田の問いに、吉田の隣に不安そうに立っていた2年の女子生徒…緒方が「2週間です」と答える。どうやらこの2人はカップルらしい。

「ちょっと待て」

 金田がまたもや腑に落ちない様子で会話を遮った。

「アンタまさか、その食料とやらを取りに行く気か?寮はここから100メートル近く離れてるんだぜ」

「それしか手はない」

「それだったらいっそのこと、全員走ってここから逃げた方が早い」 

 吉永も声を荒げて保田の計画に反論する。

「それだと何キロも必死に逃げることになるぞ。寮までなら往復200メートルで済む」

「校門のすぐ外で、誰かが待っているかも知れない」

「だからそれが危険なんだ。そいつらは既に奴らの仲間かも知れない」

 議論は平行線を辿るばかりであった。

「あーもう、面倒くせぇ。そんじゃ多数決だ」

 金田が2人の議論を遮り、全員を見渡す。

「寮まで食料を調達しに行く意見に反対の奴」

 佐藤、吉永、相楽、本山の4人、そして金田が自ら手を挙げる。

「ありゃ、これだけ?他の奴らは全員仲良く、食料求めてゾンビと追っかけっこか?」

金田が与那嶺達の方へと視線を向ける。

「私は…」

 与那嶺がおもむろに口を開く。

「賛成よ、保田君の計画。それに食料が無かったら、いずれは餓死してしまうでしょ?」

 与那嶺、後藤、室岡、吉田、緒方、榊の6人が学校に残る計画に賛成の意を示した。

「正気の沙汰じゃない…もっと良い方法がある筈だ」

 吉永が与那嶺を睨みつけながら呟く。

「多数決原理ってヤツさ。諦めようよ」

 相楽が吉永の肩にポン、と手を置いた

 
 

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