マッドネス・ヒル

監督:ジョージ・キャメロン・ロメロ

脚本:デビッド・ロウトリー

出演:キャシー・ラムキン、キコ・エルスワース、
クリステン・コッペン、クーパー・ハカビー、シェリー・ウェストン

ストーリー

 1969年。市民運動に参加するため、ワシントンDCへ向けヒッチハイクをしていた5人の若者。晩秋を迎えたその日は、特に肌寒さを覚える日だった。偶然通りかかった車に乗せてもらった彼らではあったが、その車が故障してしまう。運転手を含め6人グループになった若者たちは、まだ車が多く走る国道を目指し、自然が残る小高い丘を登り始める。疲れがピークに達した頃、ある一軒家を発見する。ここで、夜の寒さを凌ごうと思い、その家を訪ねる。その時は誰も出て来ず、その家の納屋で夜を明かす。翌朝、その家から出てきた夫人は、外見はちょっと異様に見えたが、親切な対応で彼らを迎えてくれて…。しかしその夫人、そしてそこに住む家族には、もう一つの別の顔があることに、まだ若者たちは気付いていなかった。

レビュー

 ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロの息子であるジョージ・キャメロン・ロメロが手掛けた作品。親父のジョージ・A・ロメロもスペシャルサンクスにクレジットされており、「これはとてつもなく恐ろしい映画である」親バカ丸出しコメントも寄せている。しかし、キャメロン君は親父が心血注ぐゾンビ映画にはあまり興味が無いようで、本作のジャンルもバリバリのスラッシャー。しかも、その内容は田舎町をヒッチハイクで旅していた5人の若者が、とある一軒家に住む頭のおかしい家族に次々とぶっ殺されるという何処かで聞いたことのあるようなものとなっており、このドラ息子は親父がヒィヒィ言いながら汗水垂らしてゾンビ映画の製作をしているのを横目で見ながら「ぶっちゃけ親父の映画よりもトビー・フーパー先生の作品の方が100倍面白いよなと親不孝なことを考えていたんじゃないかと勘繰りたくなってしまう。また、本作に登場するキチガイ一家のひとりに「テキサス・チェーンソー」のキャシー・ラムキンを配役してるところを見ると、実はキャメロン君なりの「悪魔のいけにえ」リメイクなのではないかと邪推したくなる作品である。

 肝心の映画の出来はといえば、無数に存在している悪魔のいけにえ」フォロワー作品群の中に埋もれて2度と地上に出てこれなくなってしまうような平々凡々としたものであり、ネタにするほどヒドイ出来でもなければ、何か光るようなものがあるワケでもないという、一番感想に困るタイプの作品である。レザーフェイスにあたる殺人鬼は単なる知恵遅れの巨漢に過ぎないし、殺害シーンも特に印象に残るものではない。椅子に縛り付けた男の目の前で恋人を解体していくシークエンスは中々のヒトデナシっぷりを見せているが、それでも「ホステル」「クライモリ」シリーズほどの嫌悪感は無いし、何より犠牲者がどいつもこいつも無個性な連中ばかりなので誰がぶっ殺されようが何も思うところはない。また、この映画にはちょっと信じられないような欠陥が存在しており、犠牲者側だと思われたメンバーの1人が実はキチガイ一家の仲間だったという真相を途中で明かしているのにも関わらず、何故か終盤になって再び「今まで内緒にしてたけど実はコイツはキチガイ一家の仲間だったんだぜ!」と既に分かりきったことを「SAW」の種明かしシーンみたいなフラッシュバック演出でバカ丁寧に説明してくる。キャメロン君は完成した映画を見直していないのだろうか。

 結局、蓋を開けてみればランベルト・バーヴァとドッコイドッコイの七光り+ボンクラっぷりを発揮したキャメロン君であるが、実は最新作として企画しているのが冷戦時代にとある科学者がゾンビを作り出すまでの話で、何と「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」の前章にあたる作品だそうである。設定からして絶対に面白くなりそうにもない映画であることは目に見えて明らかであるが、それでも完成が待ち遠しく感じてしまうのは、やはり天才ロメロの血を継いでる男ならいつか世間をあっと言わせるゾンビ映画を撮ってくれるだろうという期待があるからだ。2014年に企画が始動してから全く音沙汰のない辺りに一抹の不安が過るものの、とりあえずキャメロン君には死ぬ気で頑張って映画を完成してもらいたい限りである。 

 

 

「テキサス・チェーンソー」のキャシー・ラムキンが出ています   キャメロン君はきっと「悪魔のいけにえ」が好きなのだろう

   

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